目がさめるとそこは車の中だった。先ほど車を停めた、高速道路の下の駐車場。
どうやら昼間の疲れからか、食事を済ませて車に戻り、休憩しているうちに眠り込んでしまったらしい。隣の席では、彼女が悪戯っぽくこちらをのぞきこんでいる。
「おきた?」
「うん…ごめん。起こしてくれればよかったのに。どのくらい寝てた?」
「んー、10分くらいかな?いいんだよ、疲れてるんでしょ。それにホラ、ここからの夜景もなかなかキレイだし」
「そうだね…でもそろそろ行かないと。遅くなっちゃうな」
車の時計は、もう午後9時を過ぎていた。今日は日曜、明日はお互いに仕事なのだ。
「うん」
そして僕らは今日のもう一つの目的地、お台場へ向けて車を走らせた。
レインボーブリッジを渡る途中、彼女が口を開いた。
「ここ、お金いらないんだね」
「ん?」
「通行料っていうの?わたし、ここは有料道路かと思ってたよ」
「ああ…そうだね。そういえば俺も、つい最近までそう思ってた」
レインボーブリッジからの夜景についての感想を述べるでもなく、彼女が口にしたのはそんな言葉だった。
それからお台場海浜公園に到着し、駐車場に車を停めるまでの間、ずっと二人は無言だった。
車が停まり、ドアを開けて外に出るまでの間に、妙な沈黙があった。その空気に耐えかねたかのように、先に口を開いたのは彼女だった。
「外、寒いと思うけど…大丈夫?」
本来なら男の方からかけるべきであろうそんな言葉を、彼女は口にした。
「俺は大丈夫だよ。お前こそ…ちゃんとその上着、着ていきなよ。マフラーもして」
「わかってる。だいじょうぶ」
そう言って彼女は身支度を整え、車の外に出た。後を追うようにして車の外へ出た僕は、財布を車の中に忘れたことに気づいて慌てて車内に戻った。
「どうしたの?」
「いや、財布。あれ、どこ置いたっけ…おかしいな」
「さっきCD買った時に、袋と一緒に後ろの席に放り込んだんじゃないの?」
「そうだっけ?…ああ、あった。ごめん」
「財布は大切だから肌身離さないように、っていつも言ってるでしょ」
彼女は少し怒ったような口調で、でも顔には微笑を浮かべながらそう言った。
「ごめん」
と、僕も微笑んでそう返した。反省しつつも、多分この先もこのクセは改善されないだろうなと思いながら。
「じゃ行こっか」
と、彼女は歩き出した。少し遅れて、僕は後を追う。
腕を組んだり、手をつないだりして歩かないようになったのは、いつからだったろう。
まだ付き合い始めの頃。二人で並んで歩いていた時に、さりげなく腕を組んできた彼女。
驚きと照れくささと嬉しさがごちゃまぜになって、つい彼女の顔を見つめてしまった。彼女は、「どうしたの」とでも言うように、ドギマギしている僕に向かって少し得意げな、嬉しそうな笑顔を向けた。
でも、今日彼女が見せてくれている笑顔は、もうあの頃とは違う。
これから起こることを、もう彼女はわかっているんだろう。
それでも、笑顔を見せてくれる。
「やっぱり、風が強いね。そんなに”すごく寒い”ってほどでもないけど…ねえ、どうしたの?」
少し遅れて歩いている僕に、彼女が怪訝な声をかける。
「何でもないよ。行こう」
そう言って僕は、彼女の手をとった。
瞬間、
彼女の顔に驚いたような、怒ったような、
彼女が元通りの笑顔に戻るまでのほんの一瞬、
そんな表情が浮かんだのを、
僕は見てしまった。
(続く)